「おめでとうございます!一等賞です!」
カランカラン、と係の人がベルを鳴らす。
抽選器から零れた金色の玉は、陽の光を反射して輝きながらその存在感を私に示している。なんてこったぱんなこった。私が狙っていたのは5位のトイレットペーパー1年分だった。惜しい。いや決して惜しくない。むしろ大幅に諸々の運気を上げすぎた。
呆然とする私を他所に、係の人はとても優しい笑顔で私に薄い何かを渡す。
「一等賞景品のUSJのペアチケットです!」
なんてこったぱんなこった。ペア。ペアと言ったか。
「誰か良い方と行ってくださいね」
本丸にいる多くの刀達の顔を思い浮かべて、思わず苦笑いがこぼれた。
手を繋いで、ゆっくりと。
「えーっと、というわけでUSJについたわけ、ですが……」
高く立つ門から入った先、くるくる回る地球儀の前。ぎゅっと、肩から提げた鞄を握る。ちらりと見上げる右隣には、まさかのまさか。大倶利伽羅がたっている。
事の発端はこのチケットを当てた事になるのだが、問題はその先。誰が行くかという事だった。刀だけで現世に行くのは当然不可能なので一枚は審神者になってしまう。ならばあともう一枚は誰が行くか。
珍しい現世、しかもなかなか行く機会のない遊園地。一枚のチケットを巡るジャンケン大会は熾烈を極めた。
極めた末の、大倶利伽羅の大勝利。お陰で、大倶利伽羅と2人でいくことが決定した。
おお神よ。何故大倶利伽羅なのですか。
この言葉で勘違いされると困るのだが、私は決して大倶利伽羅が嫌いなわけでは無い。寧ろ逆だ。好きだ、大好きだ。勿論ライクではなく、ラブの意味で。この気持ちを伝える予定は一切ないけれど、まさかこんな機会が回ってくるだなんて、まさか思うだろうか。
私の気持ちを唯一知っている初期刀の加州には「写真の一枚や二枚や十枚くらい撮ってきなね!」と言われてしまった。しゃ、写真かぁ…。レベル高いなぁ…。
回想はここら辺までにして、隣の大倶利伽羅を見上げる。現世に合わせて上着だけをイかすパーカーに変えているが、大変に困った。似合いすぎて困る。周りの女性たちがこちらをちらちらするのが分かる。はっはっは!悪いな!今大倶利伽羅の隣に居るのは私なんだ!彼女じゃないけどね!
………空しくなったから止めよう。
「…とりあえず、行こっか?」
「……」
「あっ、もう」
私の言葉をオール無視して、大倶利伽羅はすたすたと歩き出す。その戸惑いのない足取りに、逆に戸惑ったのはこちらである。
「おっ、大倶利伽羅、早い」
人混みと騒がしさの中、ぴょこりと跳ねる猫っ毛を頼りに行くが、それにしたって大倶利伽羅は早い。
少し出たハリウッドエリアにつく頃には、私はすっかり疲れきっていた。
「大倶利伽羅、早いよ」
「…早くしろ」
「うえぇ、無茶な……」
そもコンパスが違うのだ。彼の1歩は私の5歩分。追いつくわけがない。
「でも、待っててくれてありがとう。嬉しい」
壁際の人が集まりにくい所で、大倶利伽羅はわざわざ待っててくれた。それが酷く嬉しく、気持ちをざわざわと掻き立てる。
「それにしても大倶利伽羅、すごく慣れてるね。来た事…は無いか」
「…人の流れを読めばぶつからずに歩く事など容易だ」
「な、なるほど」
流石刀剣男士。人の流れとか読んだことない。
「じゃあ、次からは頑張って読んで遅れない様にする。どこ行きたいんだっけ」
前日のうちに聞きたい所は聞いておいた。マップを取り出して大きく広げると、大倶利伽羅がグッと近付いて、のぞき込む。
え、近い。
当たり前のようにぶつかる肩と、私の身長に合わせて屈んでくれているお陰で、吐息すらこちらにかかる。大倶利伽羅ことは、これほどまでに距離を縮めてくる刀だったか。
「ここだ。…おい」
マップを長い指で示されて、とっさに肩を跳ねさせた。
「あっ、ご、ごめん、聞いてる聞いてる。ここね、行こう」
距離が近すぎてどうしたら良いのかわかりませんでした、など言えるわけも無く、少し早くなった心臓を必死に落ち着かせた。
だというのに、大倶利伽羅は何を思ったのか。私の手を握って歩き出すじゃないか!
「おっ、大倶利伽羅、手が、」
「またはぐれても面倒だ」
それを言われたら何も言えなくなってしまう。それでも、仮にも片思いしている私としては、手汗大丈夫だろうか、とか。これもっと強く握っても良いんだろうか、とか、とか、とか。沢山の事が頭の中で渦巻いては、やがてキャパオーバーで爆発した。
「…ついたな」
目的の場所についた瞬間に手が離される。あ、と何かを言いかけて口を噤んだ。もう少しだけ、繋いでいたかったなんて、口が裂けても言えない。
「おい」
ん、と手渡されたものに首を捻っていると、「ここに入る為のチケットだ」と言われる。なんともまぁ準備が良い事で。目玉が飛び出てしまった。
「い、いつの間に買ってたの…?」
「さっきだ」
「ねえ本当に初めて来たの?すごい……」
この手馴れている感。そのまま大倶利伽羅に着いて行くように先に進むと、独特の雰囲気に目を見開いた。
「わっ、すごいすごい、テンション上がる!」
着いた所ははりーぽったーのエリアだった。大きなエントランスアーチをくぐり、最初の村に入れば、そこはもう完全に映画の中の世界。小さな時から映画を見ている身としては、自然と気持ちが上がってくる。
「すごい!映画のまんま!すごい!」
正直ここまでとは思っていなかった。忠実に作られた村の建物や雰囲気、周りの風景など、もう、全てが楽しい。すごい。USJすごい。
「おい、入るぞ」
「お土産屋さん?もう見るの」
てっきり先に何かアトラクションに乗ると思っていたのだが、彼はげんなりとした顔を見せて「並ぶのは好きじゃない」と呟いた。その苦々しい言葉に思わず笑ってしまう。
「じゃあ今日はお土産を見る日だね。良いね良いね、私もそんなに並ぶの得意じゃないんだ」
きっと普通のカップルや友達と来たなら目玉であるアトラクションに乗るのだろうが、大倶利伽羅相手にはそんなことしなくていい。勿論並ぶことも楽しいけれど、こうしてゆっくり土産を見るのも、十分楽しい物だ。
「それにしてもハロウィンだからかなぁ。人がすごいね」
お土産屋さんに入りながら、辺りを見る。右見ても、左見ても、何かしらの仮装をしているひとがたくさんいる。子供がとても可愛らしい衣装を着ていたり、中にはとても凝った衣装を着ている人もいて、見ていて飽きない。
「…アンタはしないのか」
「仮装?しないしない。見てる方が楽しいし、似合わなすぎて恥ずかしくなっちゃうもん」
高校の頃にぎりぎりお菓子を寄せ集めて皆で遊んだのが、最後のハロウィンの記憶だろうか。それでも仮装はしなかったけれど。
「大倶利伽羅は?せっかくだから何か帽子でも送ろうか」
てっきり「いらない」の一言で一蹴されると思っていた。なにせあの大倶利伽羅だ。未だに私は、何故彼がこの場に居てくれているのかわかっていない。
「…アンタが付けるなら」
「そうだよね、いらないよね。………ん?」
隣を見る。彼はじっと、棚の中の何かを見つめていた。
「…えっ、冗談?」
「必要のない冗談は好かないな」
「そうだよねぇ…」
それはつまり、お揃いのなにかを付けてくれたりするのだろうか。い、良いのだろうか。すごく、私としては嬉しいけれど、彼的にそれは、良いのだろうか。
なんともタイミングが良いというかなんというか、目の前には魔法使いの帽子が売っている。これを、一緒に被って写真とか、撮ったりしてくれないだろうか。ごくり、と緊張の中で喉が鳴る。
「お、大倶利伽羅」
「これを買ってくる」
「えっ、あ、うん、いってらっしゃい…」
喜々として彼がレジに持って行ったのは……、…魔法使いの杖では。映画の中に出てくる、アレでは。
「えっ、羨ましい。私も買おう」
慌てて棚の中を見る。が、すごい種類がある。これは、悩む。
「………」
やはりメジャーな杖でいきたいが、あえて敵側のを買うのもいい。いや、いっそ両方買うのもありでは…!?
「悩む……」
「何でだ」
「あ、おかえり大倶利伽羅。杖。私も買おうと思って」
杖を買ってきた大倶利伽羅はどこか満足そうに隣に立つ。まだ悩む私に、彼はゆっくりと息を吐いた。
「帽子は買わないのか」
「えっ…?」
「…外にいる。買ったら呼べ」
「あっ、まっ」
こちらの呼び止める声も空しく、彼は早々に店を出てしまったのを見てkら、少しだけ肩を落としつつ帽子と向き合う。あの、言い方。少しだけ期待しても、良いのだろうか。ゆっくりと腕を伸ばした。
「って、いないし………」
気付くと結構な時間が経ってしまっていて慌てて外に出たが、案の定というかやっぱりというか、彼の姿はどこにも見えなくなっていた。外にいるって言ったのに!居ないってどういうことだ!いや、待たせた私も悪いな…。
勇気を出して買った帽子は二つ。レジのお姉さんは優しい笑顔で「タグ外しておきますね~」と言われた。恥ずかしにたい。いや、それは一旦置いといて。
「もう、なんで居ないの」
辺りを見渡してもそれらしき刀は居ない。きっとトイレとかどこかに行っているのだろうと、深い溜息をついてから、すぐ近くのベンチに一人座る。
「はぁ…」
ちらりと腕時計を覗くと、もうそろそろ帰る時間が近づいてきているのが分かる。元々業務の合間に来れただけの事だったのだから、仕方ない。それもめちゃくちゃ頑張って隙間を空けたけれど。
きっとそういう事も分かって、彼はアトラクションに乗らなかったのだろうなぁ、なんてぼんやりと思った。
「それにしても遅いな…」
待つ事十分。どこかに何かを買いに行っているのかもしれない。それなら仕方ない。仕方ない、のだが。
「…何か、事件とか」
現世とはいえ、歴史修正主義者が入り込んでいない保証はない。どこかで一人戦っているかもしれない。もし、そうだったら。ぞわりとした嫌な悪寒を隠さずに、走り出した。
「っは、はぁ、は」
冬に近い秋だからか、辺りがどんどん暗くなっていく。昼と夜の狭間で、ハロウィンのキャストさん達が出てくるのが分かるが、それどころではなかった。
「いない…!」
エリア内にはどこにもいない。という事はエリアの外に出たのだろうか。夜が始まる前にここを出る約束だったから、時間は殆どない。焦りと、不安から、背中に冷たい物が流れる。その、時だった。
「ア………」
それは審神者としての本能か、それとも焦りが産んだ奇跡的な直観か。どちらにせよ、弾かれるように振りかえったその先で、確かに、一つの異形の物と、目が合った。
「うそ……」
この楽しい世界には似ても似つかないその姿は、夕日を背にこちらをまsっすぐ捉える。いや、捉えているのかもわからないが、今この場であれが見えているのは私だけだという事。そして、アレの狙いが、私だという事は容易に想像がついた。
「時間、遡行軍」
こんな所まで追ってくるなんて。という事は、確実に大倶利伽羅はこれの対応をしているのだろう。全く、そういう時には私を呼んでほしい物なのだけれど。
「………」
相手から視線を外さないまま、一歩足を下げる。とにかくこの場から離れて、大倶利伽羅を探さなければ。たらりと、頬に汗が落ちた瞬間、息を呑んで足に力を込めた。
「っ、大倶利伽羅!大倶利伽羅―!!」
猛ダッシュしながら叫ぶ。周りの目など気にする余裕はない。彼を呼べばどうにでもなる。それでも、ある程度人の少ない所に来たところで、勢いよく石に毛躓いた。視界に浮かぶ。あ、転んだ。そう、思った次にはもう地面とキスしていた。
「いっ、たぁ~~…」
起き上って後ろを見るが、やはり相手はついてきている。あぁもう。せっかくのデートだったのに。信じられない、最低だ。こんなデート、最悪だ。何よりもこの状況の中で、大倶利伽羅が隣にいない事が最悪だ。
「ほんとにもう、大倶利伽羅の、バカ!」
「だれが馬鹿だ?」
ひゅ、と空気の斬れる音だった。それからすぐに、倒れこむ時間遡行軍の姿。彼が来たのだと理解する頃には、疲れ切っていた。
「大倶利伽羅…」
「…待っていろと、言っただろう」
「言ってないよ!もう、どこ行ってたの!」
手を差し伸ばされて、痛む足で立ち上がる。彼は軽く私をおんぶすると、門の方へゆっくり歩き出した。
「土産を、買っていた」
「杖以外にも何か買ったんだ。何買ったの?」
意外にも買うんだなぁ、と実感する。そういうのに興味なんて何もないと思っていたが。
しかし彼は私の質問に答えはせず、言いたくないと言った風に前を向いてしまった。
「…あ、ねえ、大倶利伽羅。帰る前に一個だけ、良い?」
門を出ようとする直前。大きな地球儀の前で彼は足を止めてくれる。あのね、と袋から取り出したのは先ほど買った帽子だ。
「一緒に被って、一緒に、その、写真、撮ってくれないかな。一枚だけで良いから」
彼は帽子をじっと見つめて、小さく息を吐く。やっぱりだめだったかぁ、なんて肩を落としたのも束の間。私の手に持つ帽子を取って、なんと、被ったではないか。呆然とする私を他所に、彼はこちらを見た。
「…写真、撮るんじゃないのか」
「うっ、うん!撮る!撮らせて!」
暗い中、どこかぼろぼろのふたりで撮った写真は宝物となった。
…―――ところで、本当に大倶利伽羅は何を買ったの?
…―――魔法使いの、マフラー。
…―――大倶利伽羅、そんなにあの映画好きだったっけ?
…―――言っとくが、アンタのもあるぞ。
…―――お揃い!?