そもそもの始まりは、妹から送られてきた2枚のチケットだった。
ちょっとだけ説明をさせてもらうと、私には双子の妹がいる。
……とかって書くと私が審神者なので高霊力美人巫女姉妹!みたいなのを割りと想像したりするかもしれないけど別にそんなことはない。そもそも美人じゃないし。っていうか巫女姉妹!って言うと何か美人さんを想像するのは何でなんだろう。マンガとかの影響なのかな。
話はそれたけど私と妹は一卵性の双子である。なのにそっくりなのは顔だけ。私は霊力がそこそこあったから試験を受けて審神者になって、んでどうしたことか清々しいぐらい霊力がなかった妹は、大手のイベント会社に就職してそこでばりばりと働いている。霊力なんてなくてもあいつのコミュ力、多分53万ぐらいあるからなあ。社会人としてある意味最強。社交的でやることなすこと、すべてにソツがない。すごいっつか、羨ましいっつか。
イベント会社だから色んなチケットの融通が利くらしくて、「たまには出かけなよ!」みたいなノリで唐突にチケットを送ってくる。今回もそのクチだった。妹の会社の、淡い緑色がきれいな封筒を開ける。チケットが2枚出てきた。
どこのだろう、見当が全然つかない。
というのも、これまで送ってきたものも遊園地やちょっと贅沢な街中のホテルエステ付きとかから、レストランとかケーキバイキング、変わったところだと近郊の観光地へ遊びに行く日帰りバスツアーの類まで本当に色々だ。要するに余ったタダチケだから文句はない。むしろ、今度はどこのかなって予想するのが楽しみだったりするんだけど、今回は──
「おー」
思わずひとりで唸ってしまったが妹の送ってきたのは、「青のゆくえ」とかいう何ちゅうかはっちゃけた名前のウォーター・アミューズメントだった。長いな、ウォーター・アミューズメントって。「しゃらくさい」という感想がぴったり来る気がするものの、早い話が色んな設備のついたプールであります。
しかしここ、すごくお洒落でそれこそジャグジーから始まってエステとかバーとか、プール以外の施設も充実しているから、特に女子から大人気なんじゃなかったっけ。ちょうど今が夏だからっていうのもあって、テレビとかネットで紹介されているのを何回も見た気がする。確か混雑しすぎないように完全予約制かつ入場制限があって、そのお高い感じっていうかレア感からかチケット自体もなかなか取れないって話だった。妹よ……そんな貴重なチケットをいいのか。
2枚入っているからこれはやっぱり、誰かと一緒に行けってことなんだろう。たまに妹と二人でこの手のチケットを利用してレストランやアミューズメント系の場所に行ったりする。でも券をわざわざ送ってきたということは、今回は仕事が忙しくて行けないんだろう。激務だからなあ…無理だけはしてほしくないものです。
んで。
姉妹で行けないとなると、他の友達もこの時期はみんな忙しくてスケジュールはきっと合わない。
まあ…順当なところなら刀の誰か、というかはっきり言えば目の前の近侍をお誘いするのが筋かな。
そう思って、声をかける。
「ね、暑いし出かけない?」
「……」
無言のまま、彼が顔をあげる。金色の鋭いけれどきれいな瞳が私を見据えるのに、最近やっと慣れた気がする。圧がすごすぎて、一応恋人だっつうのについ最近までいちいちびびってました。そして彼がこんな風に黙ったまま私を見つめるのは、端折らないで一から説明しろって思われてる時であります。わかったってば、すぐ説明するからそんなに凝視しないでほしい……。
妙にパワフルな沈黙にせかされつつ、
「い、いや妹がプールのチケットを送ってきたからさ、一緒にどうかなって」
尋ねると近侍──大倶利伽羅がむっつりした顔のまま、くだらんなと答えた。そのままうつ向いて仕事に戻ってしまう。いつもながらにうちの近侍は、素気ない。
……ふーん、そうかそうかそういう態度か!
しかし私は彼のそんな態度を崩す方法を知っているのだった。伊達に半年付き合ってないっすよええ。
半分独りごとっぽく続ける。
「大倶利伽羅が行かないなら、他の刀を誘ってみるかな~」
「……」
「そういうの好きそうなのって誰だろ…光忠とか、あっ鶴丸とか喜びそ…」
「待て」
立ち上がりかけたところに手首をつかまれて、引っぱられる。
座っていた座布団にすとん、とまた腰を落としながら、
「……行かないとは言ってない」
下手くそな言い訳に思わずニヤニヤしてしまう私である。
予想通りすぎた。
素直じゃない。っていうかむしろ、うちの近侍兼恋人が可愛いです。
この無愛想な近侍と何と言いますかまあ浅くはない関係になって、どのぐらい経つんだったっけ。えーと半年は過ぎたけど一年にはまだ。そのぐらいだ。
きっかけが変わってる。去年の秋ごろだったっけ、大事な指輪を落として夜中に探し物をしていたところを、当時週替わりの近侍だった彼に見られて一緒に探した。そうしたら何でか二人仲良く池に落ちる羽目になって大倶利伽羅に好かれていることに気づいた挙句、最終的には真夜中の露天風呂で人には言えない展開になるという箇条書きすると何だこれカオスすぎる、どうしてこうなった感が半端なかったですありがとうございました。
とまあしょっぱなからひと悶着あったけれど、無口で照れ屋っつかアレだ一言で申し上げればツンデレの彼とお調子者で大雑把、何事につけこだわりのない私は、付き合ってみればそれなりにウマが合った。しばらくしてからそれまで週替わりだった近侍を彼固定にすると、他の刀たちもああ…(察し)って感じになってくれたみたいだ。んで生ぬるく見守られて今に至るというわけです。
話はそれたけど、ともかくそんな感じでどっちかって言うとテンション低めでのんびりお付き合いをしている。めったに本丸から外に出ないから、たまには現世でデートなんていうのもいいよね。留守番の刀たちには申し訳ないけれど、それこそ来月にみんなで海なんか行くのもいいかもしれない。今まで行ったことないもんね。今回は予行演習?ってことで。おお、いいぞいいぞ。盛り上がってまいりました! って私だけか。
いつ行こうかな。来月海に行くとしたら、やっぱり今月中に行きたいよなあ。週末は避けたほうが無難だろうか、あっ、ていうか予約取れるかな。とりとめなく考えていると、脇から大倶利伽羅におい、と呼ばれた。
「うん?」
「本気か」
「何が」
「その……水遊びがだ」
「水遊び」
「あげ足を取るな」
「あはは、うん。せっかく券ももらったし。これ、人気でなかなか手に入らないらしいよ」
「……」
「あ、大倶利伽羅の水着も買わないとだ! 何色がいい? やっぱ黒?」
「あんたも着るのか」
「水着? 着るよ~だってプール行くんだし」
何を聞いているんだこの人は。
若干不思議そうな顔をしているかもしれない審神者はこちらです。
もしかして、プールってどんなところかよく分かってないのかな。
それとも実は水が嫌い? いや風呂は好きだよね。だったら泳げないとか? ……先ほども申し上げました通り、彼というかみんなとはまだ海やプールへ一緒に行ったことがない。だからプールというのがどういうところで、何をしたらいいのか分からないのは確かに、不安だろう。
だからそういうこと?と尋ねると一瞬だけ口をぽかんと開いた彼が、時間差でかっと頬を赤く染めた。
「…っ、だめだ。人目がある」
「う、うん!?」
「その、あんたは…肌を晒すな」
「……ああ~」
ちょっと呆れて、それからまたあははと笑ってしまった。
大倶利伽羅が今度は耳まで赤くなる。
いやあのごめん。馬鹿にしてるわけじゃ決してない。でも…でも、なんか笑っちゃう。おかしいって言うより、そんなことをわざわざ心配してくれるのがちょっと嬉しいのと、あと、くすぐったいのと。
「私の水着なんて別にどうってことないよ、普通のだし!」
「肌を見せることには、変わりない」
「いやそりゃ今ここで水着になったらみんな驚くだろうけど、プールは大体みんな水着だよ。目立たないって」
「そういう問題じゃない」
「ええ? じゃあどういう問題なの」
「……」
そこで黙るの、ずるい。
はらはらするのと面白いのがちょうど半分ずつぐらいの気持ちになってしまうじゃないですかーやだー。で、次は何を言うのかなと思ったら、大倶利伽羅が唐突に腕を伸ばして私を引き寄せた。そのまま、抱きしめられる。
「ちょ…っ」
「あんたを見ていいのは…俺だけだ」
「……」
いや待って待って。
たかがプールでそこまでデレられるとは思ってなかったんで、さすがに私も照れる……普段無愛想で無口なぶん、たまにこういうことを言うと破壊力、すごいんですけど。
でも、嬉しいか嬉しくないかって聞かれたら…嬉しいに決まってる。
そんな風に思ってくれて、ありがとう。なんて、えへへ。
あとさあ、賭けてもいいけど実際プールに行ったらナンパされるのは絶対大倶利伽羅のほうだと思う。って余計なことは言わなくてもいいか。
ぎゅうぎゅうと抱きついてなかなか離れてくれない彼を、人前では上に一枚羽織るからと何とかなだめて、二人でデートすることに無事なったのでした。
「おー」
約半月後。
目的地である「青のゆくえ」の入口前に突っ立って、思わずうなる私だ。
建物の外観なんかはネットでチェックしてたんだけど、実際見ると白い壁や床に名前の通り青いガラスがはめこまれていたりするのがおしゃれだ。これ、夜だとガラスの奥に見えてる照明で明るく光るんだろうなあ。確かに女子ウケがよさそうな感じだ。でも別にお高い感じでもなくて、吹き抜けとかガラス張りのところも多くて、開放感がある。気軽に入れそうな感じ。まあチケットがないと実際は入れないんだけど……。
フロントでチケットを見せてから入場して、大倶利伽羅と一緒にロビーにあった館内の地図を確認する。っていうかめっちゃ広い。前情報で知ってたけど地図必須じゃねこれ…プールだけでいくつあるんだって状態なのに、さらにレストランやらカフェやらエステやらが鬼のように併設されてる。すっごおおお! 今私たちのいるロビーみたいなところは結構人が多いけど、多分これって色んなプールに散るんだよね。だったらかなり空いてるかも。こうなると人数制限も正解かなあ、ゆっくりできそうで嬉しい。
着替えるために、ちょっと不安そうな顔をした大倶利伽羅といったん別れる。水着の上にとりあえずパーカーを羽織って、それからフロントに戻る。ご案内係ってプレートの奥で姿勢良く座っているきれいなお姉さんに声をかけたらにこやかに応対してくれて、気をよくしてちょっとだけ相談をする。何の相談って? それはまあきっと後で分かるふっふっふ。
んで待ち合わせたプールへ行ったら本当に笑ってしまうぐらい予想通り、大倶利伽羅が数人の女子に囲まれていた。やっぱりなあ。
困り顔できょろきょろと周りを見回していた彼が、私を見つける。一瞬だけ、ほっとした表情を浮かべてるのがめちゃめちゃかわいい。取り巻いてる女子たちを押しのけるようにしてこっちへ早足でやってきた。
彼も私と似た感じで、黒の水着に白のパーカーを羽織っている。褐色の精悍な肌に白い上着がよく映えている。すっごく背が高いってわけじゃないけどすらりとした筋肉質で、立ち姿がつい見とれるぐらいきれいなのは、きっと普段、刀を持って戦っているからなんだろう。のろけとかそういうんじゃなくて、普通に客観的に見てかっこいいよね。なんだか暑い国の王子様っぽい肌の色も相まって、まあこりゃ人目もひくよという納得の佇まいなのだった。
残された彼女たちの視線が痛い…うんまあ、こうなるだろうとは思った知ってた! 似合わないとか言われてそうだけど、それは自分でも割りと思うので別段問題はないです。
「遅い」
開口一番文句を言う彼はでもすぐに目をそらして、脚が丸出しだと続ける。
まあこれも言うと思った! この間彼をお誘いしたときもそうだったけど、大倶利伽羅ってこんなにやきもち焼きだったかな。でもよく考えたら二人で人前に出ることも今まで全然なかったんだ。そっかこういうところもあるのか、って彼の新たな一面が分かってちょっと面白いかも。
「うん、水着だし」
とりあえずそう答えると、一瞬黙った彼がまたぼそっと
「困る」
と言った。
何が?
聞き返すと不意に手を握られた。そのままぐいぐいと引っぱられる。
プールサイドは当然濡れているわけで、だから急に歩き出して転びそうになる。ちょっと待って! と声をあげれば振り向いた彼がバツの悪そうな顔をして、それからゆっくり歩いてくれた。そのままやってきたのは、プールの隅に置かれていた小さなテーブルだ。脇のチェアに私を座らせてから彼がまん前に立つ。これ、プールにいる他の人から私が見えないように…遮ってる感じになるのかな。
そうしてから、おもむろに彼が口を開いた。
「目のやり場に困る、と言っている」
「は?」
思わず聞き返すとまた、苦い顔をされる。
いやだって、
「百歩譲って私の格好がよろしくないとして」
「譲るな。よくない」
「まあちょっと聞いて。で、周りの人のほうがよっぽど露出とか高くないですか」
「それはいい」
「いいの!?」
「他人は関係ない」
「……」
そ、そういうもの……? 周りの格好が問題ないんなら、私の格好だってOKを出していただきたい。というかこれも、先日お誘いしたときに引き続いて、彼なりのやきもち的なものなんだろうか。うーん、こう言ったらアレだけど大倶利伽羅に比べたら私なんぞは全然注目されていない。水着も体型もめっちゃ地味ですし。だから安心して欲しい……とか言ったってダメだろうなあ。下手をすると私がプールから出るって言うまで、このまま仁王立ちしてそうな勢いである。いや別に泳がなくたって構わないけど、さすがにこのままじゃあ味気ないな。せっかくチケットを送ってくれた妹に、このままじゃ感想もちゃんと送れなさそうだし。
と、いうことで!
ここで先ほどフロントのお姉さんとごにょごにょ相談していた件が生きてくるわけです。
「じゃ、移動しよっか」
立ち上がると、大倶利伽羅がちょっと驚いた顔をした。
「どこへだ」
「行ってからのお楽しみ~」
「……」
今度は彼の手を私が引いて、広いプールをあとにする。
広々とした通路を歩く。濡れても水びたしにならない素材で床ができているらしい。裸足のままぺたぺた気分よく移動できるのって、いいよね。
大きな窓から日差しが燦々と降り注ぐ。さっき出てきたプールがここで一番大きかったらしい。歩くごとに辺りがひっそり静かになっていく。本当に広いんだな、なんて改めて実感してるんですけど遅い?
パーカーのポケットから館内の地図を取り出して、確かめながら歩く。
後ろで大倶利伽羅が物問いたげな雰囲気を漂わせているけど、今はスルーだ。目的の場所にもうすぐつくし、そして地図をがっつり見ながら歩かないと広すぎて迷子になりそうという、方向音痴審神者とは私のことですごきげんよう。
くだらないことを考えていたら、いつの間にか到着してた。通路のつきあたり、そこはすりガラスのシンプルなドアで終わっている。手を伸ばしてドアを押し開ければ、ふわりと涼しい風が前髪をくすぐる。
広い部屋じゃない。小ぢんまりとしてる。
天井がガラス張りで、窓も吹き抜けるような作りでちょっと南国風のすだれみたいなのがかかっている。ヤシみたいな観葉植物がそこここに置いてある。風が吹くとすだれや植物の葉っぱがそよそよ動くのが涼しい感じ。窓がすごく大きい。やっぱり明るい。
そして──ここにも小さなプールがある。さっきいたところと比べれば、四分の一もいかないぐらい? 狭いけど大事なのは、ここには誰もいないということだ。
部屋に入った大倶利伽羅が怪訝な顔をする。
「何だ、ここは」
聞かれて、今度はちゃんと答える。
「貸しきったんだ」
「…ここをか」
「うん。だから私たち以外、誰もこないよ」
実は、最初にネットでここの情報を調べて予約したときに、プライベートな感じで使えるプールの話も見てたんだ。これだけ広くて贅沢だと、こういう小さなプールも逆に需要が高いらしい。5つか6つはあるらしいという案内を見て、借りることができたらいいなあと思ってたんだ。
大倶利伽羅は人前に出るのを嫌がるだろうし、後は彼の腕の倶利伽羅竜のこともある。もちろん私は腕の模様のことは先刻承知で、かっこいいなとも思っているけれど、彼をはじめて見る人が怖がったり驚いたりするかもしれない。別に他の人が彼のことをどう見ようが関係ない。問題は他人のそういう無遠慮な視線に、大倶利伽羅が傷つくだろうってことだ。
せっかくのデートだし、好きなひとには気分よく過ごしてほしいよね?
そう思って、フロントのお姉さんに交渉してみたら、タイミングよく貸切用のプールがひとつ空いていたというわけなのだった。値段も、ここの入場料ぶんくらいを上乗せすれば数時間借りられる。もともとタダチケで来てるんだし、全然困らない。というか良心的だ。何か、ここが人気の理由が改めて分かった気もする。
プールの脇には小さなテーブルと、ビーチチェアがふたつ。
テーブルの上には色のきれいなトロピカルドリンクと、お菓子やフルーツが置いてある。これも頼んでおいたんだ。おお、美味しそう! 立ったままフルーツをひとつ取って摘まむと、隣のチェアにばさりと投げ出されたのは、大倶利伽羅の白いパーカーだ。あ、と思う間もなく水音がする。プールのほうへ振り返れば、飛び込んだらしい彼が気持ち良さそうに泳いでいた。
何だ。
やっぱり、泳ぎたかったんじゃん!
っていうか泳ぐのうまっ! 私より上手いかも。
うん、この部屋を取ったのは正解だった。というかするすると水の中を進む大倶利伽羅のきれいなシルエットを見ていたら、私も泳ぎたくなってきた。同じふうにパーカーを投げ出す。プールサイドに座って脚からするっと水に滑り込む。うわ、冷たい。でも気持ちいい。でも泳ぐのなんて久しぶりだ。どうするんだっけ? 一瞬迷ってから、でもすぐに体が思い出してゆっくりと水を掻く。静かなプールで、私と大倶利伽羅の立てる水音だけが響く。そう思っていたら不意に近くでばしゃっ、と水が跳ねる。後ろから伸びてきた腕に抱きしめられた。
「わ、びっくりした!」
笑いながら腕の倶利伽羅竜を指でなぞる。肩をつかまれてくるりと振り向かされる。唇に唇が触れた。冷たい。水の味がする。くすぐったくてついふふっ、と笑えばもう一度キスされる。今度はもう少し、彼の体温を感じるぐらいに…深く。
「だめだって、こんなところで」
押し返そうとした手を取られて、指先にまで唇を押し当てられる。そんなにあちこちにしなくたって。だんだん照れくさくなる。手を引こうとしたら彼がちろ、と赤い舌先で指をくすぐってくる。
「あっ、ちょっと…!」
「あんたが悪い」
もう一回抱き寄せられて、耳元に囁かれたのはかすれたような──
「こんな格好でふたりきりになる、あんたが」
──甘えた、台詞だ。
う、うわあ。
ふたりきりになった瞬間デレるの、反則じゃないですか! これはもう恥ずかしいというか赤面まっしぐらコースというか。なんということでしょう。馴れ合わないって評判の彼がこんなことを言ってますよみなさーん!
そりゃ好きなひとにこんな風にされて嫌なわけない。素直に嬉しい。でっでもこういうのって意外と見られてたりしそうだしやっぱりあの密室になった瞬間思い切り油断するのよくない、よくないってば!
焦って抱きつく近侍を引き剥がそうとしても遅い。
頬に、耳に──
「こら!」
──首筋にまで。
甘く噛まれた痕がなかなか取れなくて、結局ふたりきりの部屋を出てから水着を着替えるまで私は、一度もパーカーを脱げなかった……おのれ大倶利伽羅ァ。
カフェもエステも行ってみたかったのに、行けずじまいで残念ではある。
でもまあいっか。また来ればいいよね。
楽しそうな大倶利伽羅の表情を思い返すたびについついほんわかしてしまう私は、多分主バカってやつだ。
そういうのもまあ悪くないなって思える。
今日は──そんな、日。